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2007.12.30

minolta SR-T101

年末年始なので、実家にいます。

ヒマだったので押入れを漁っていたら、ミノルタSR-T101がいました。

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SR-T101は、60~70年代に製造されたミノルタ一眼レフの普及型ですので、特に珍しいカメラというわけでもありませんし、中古市場でも大した価格はついていません。

ミノルタは03年にコニカと合併してコニカミノルタとなり、さらに06年フィルムカメラ事業から撤退、デジ一眼のαブランドはSONYに譲渡されました。

私見ですが、SONYブランド付きのカメラって、なんかねー。 

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世間的には価値の無い代物ですが、俺が中学に上がる頃まで親父が使い続けていたカメラがこれでして、俺の中では今でも『カメラ』といえばこいつのイメージなんですよね。

しかし、親父がSR-T101からキヤノンAF一眼、コンパクトデジカメへと移行していったため、彼は15年近く押入れの中で眠っていました。

保存状態も良くないし、使い込まれてキズだらけですけれども、親父がよく覗いていたこのカメラで、俺も写真を撮ってみたいな、と。

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ボディは、バッテリー切れと思われる露出計以外は問題無さ気です。時々ミラーが戻らなくなるけど。

ROKKOR f=50mm 1:1.4 のレンズはカビだらけで多分再起不能です。コムラーの135mm望遠レンズもカビカビでした。 レンズは中古で探すしかなさそうです。

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さしあたって、電池交換と内部清掃、ですね♪

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2007.12.22

懐古園

小諸城址懐古園です。

小諸城は武田氏の信濃進出に伴い築城され、桃山時代に入ると豊臣の武将仙石秀久により改築されました。

その後、関ヶ原で東軍(徳川方)に参戦した仙石秀久がそのまま初代小諸藩主として入城しています。2つの門以外の城郭は現存していませんが、現在は市営公園として開放されています。

重文三之門、っぽい電話BOXと勘助顔ハメ

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園内には小さな動物園があります。

水道直飲みする鹿。

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エミュー。動きが速え。

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干支顔ハメ

何でも勘助にすれば良いってもんじゃないと思います 。

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フンボルトペンギン顔ハメ

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本物もいます。

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小さな動物園は、やつらとの距離が近くていいね。

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群れを観察するのは面白い。

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2007.12.19

双子座流星群

12月14日、双子座流星群が極大を迎えるそうなのでとりあえず撮影。

F5、30sec。

流星写ってねえよ。

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肉眼では15発ほど確認しましたが、撮影は失敗。

くそぅ。

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F22、500sec。

この季節、長時間露光は寒さとの戦いです。

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2007.12.16

お諏訪さま2

続いて上社、と行きたいところですが、ルート上に高島城址があるのでチラリと寄り道です。

かつては『諏訪の浮き城』と呼ばれた水城でしたが、江戸期の諏訪湖干拓により現在は湖から離れています。

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顔ハメ。No.33にエントリーです。

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高島城は、1598年に豊臣の武将 日根野織部正高吉によって今の位置に築城されましたが、明治の廃藩置県により城郭は撤去されました。 ('A`)

現在の天守は1970年に復元されたものです。

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天守からの展望。

富士山が見えたりします。

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顔ハメでは由布姫ゆかりの地となってますが、先ほども述べたとおり高島城は安土期竣工ですから、かの姫と直接の関連はありません。

諏訪頼重・由布姫の父娘がいたのは上原城であり、武田氏滅亡とともに放棄されで現在は遺構のみが残ります。

頼重ら諏訪総領家は信玄により滅ぼされますが、頼重の従弟・頼忠は武田・徳川に従い、1601年に頼忠の嫡男頼水が諏訪藩高島城を家康に安堵され、高島城主として返り咲いたわけであります。

また、由布姫は小説・井上靖『風林火山』での名であり、諏訪頼重の娘・信玄の側室・勝頼の母とされる女性の名は不明だそうです。世間一般には諏訪御料人というのが通名でしたが、大河ドラマの影響で由布姫が一躍メジャーになった感があります。

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諏訪大社上社、本宮です。

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お土産屋が多くて観光地化してるのもまた良し。

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ここの参拝経路はちと変わっておりまして、鳥居をくぐると左側へぐるりと回り、御回廊を経て鳥居正面の拝殿方向へ引き返して行きます。

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御回廊を抜けてようやく正面に出ると、何故だか拝殿は左を向いてますのでまた180度方向転換してようやく参拝です。

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竜吐がカッコイイ。

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上社前宮です。

こちらはひっそりとしていて、これもまた良し。

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上社前宮は諏訪信仰発祥の地だそうで、なるほど雰囲気漂ってます。

諏訪大社では、古事記の神話が持ち込まれる以前はミシャグジ神と呼ばれる原始土着のカミが祀られていたそうでロマンティックが止まりません。

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また、古来より諏訪大社の神官・依代である大祝(おおほうり)は、上社は諏訪氏、下社は金刺氏の総領が代々務め、諏訪地域では信仰・政治・軍事が一体化した独特の統治形態が形成されていたようです。

歴史って面白いですねー。

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2007.12.10

お諏訪さま

はい、今回は諏訪大明神こと諏訪大社巡礼です。

下の写真は、諏訪湖に浮かぶ『本朝二十四孝狐火の段』、諏訪法性の兜を担ぐ八重垣姫。

ピントが雪見灯篭に合っているように見えるのは気のせいでござんす。

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えー、本題に入る前に諏訪大社の基礎知識をば。

諏訪大社ってのは、上社・下社に分かれておられまして、さらに上社は本宮&前宮、下社は春宮&秋宮、計4つの社に分かれておられます。

で、諏訪大社の興りは何時の頃かざっくばらんに申し上げますと、よく分からないのです。

分からない、というのがどういうことか説明致しましょう。

平安期の延喜式神名帳の名神大社(当時の最高位)に、『南方刀美神社(ミナカタトミノカミノヤシロ)』 との記述があり、これはどうやら諏訪大社のことを指すようです。

ということは、諏訪大社は平安時代以前から存在していたわけですね。

じゃあそれ以前の記録は無かったのかと言うとそうでもないようで、日本書紀に持統天皇(645-703)が風雨鎮護のため須波(スワ)の神へ勅使を使わしたとの記述があります。つまり飛鳥時代まで話が遡る訳です。

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えー、テキストばっかじゃダルいと思いますので続きは後回しにして、下社秋宮です。

その名の通り下諏訪町にあり、諏訪湖北岸に位置します。

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極太注連縄の掛かった神楽殿。

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拝殿と左片拝殿及び右片拝殿。

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境内に温泉が湧いてます。 御神湯♪

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・・・話を戻しますか。

飛鳥まで話が飛びましたが、ここで改めて諏訪大社の主神についてお話しましょう。

諏訪大社の御祭神は、建御名方神(タケミナカタノカミ)&八坂刀売神 (ヤサカトメノカミ)の夫婦神です。建御名方神というのは、大国主神(オオクニヌシノカミ)の息子であり、古事記にある国譲り神話に登場します。

神話では、天津神の代表である建御雷之男神(タケミカヅチオノカミ)が、国津神の代表である大国主神に国の統治権をよこすよう迫った時、大国主が

「息子の八重事代主神(ヤエコトシロヌシノカミ)がOKって言うならいいんじゃないかな?」

と、お役人のような回答をするので、建御雷之男神が八重事代主神を捕まえて問いただすと、

「OK、あげるよ fuck you!」 

と、建御雷之男神を呪いながらトンズラしました。

大国主はさらに

「他に文句のある奴、いるかな?」

と皆に聞いたので、八重事代主神の弟の建御名方神(体育会系)が、

「ええぃ、漢なら拳で語れぃ!」

と、建御雷之男神に掴みかかりましたが返り討ちに合い、スワの地へ逃げ込みました。

「ずっとここに引き篭もってますから、カンベンしてください」

と建御名方神が詫びて諏訪大社ができたとのことです。

・・・てことは、神代にはすでに諏訪大社(の前身)が存在していたようです。

実際のところは、縄文(!)からの土着信仰が大和政権の神話に組み込まれて生まれた神社なのではないか、ということだそうです。

ね、結局よく分からないのですよ。

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はいはい、下社春宮です。

下社は奥さんの八坂刀売神がメインの御祭神で、春(2月~7月)はこちらにおられるので春宮といいます。

これは下馬橋。

殿様だろうがお公家さんだろうがここからは徒歩です。

ま、駐車場はこの先なんですが。

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大鳥居。

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秋宮と造りはほぼ同じです。

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神楽殿。剣道教室?の子達が御祈禱受けてました。

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春宮から徒歩5分ほどにある万治の石仏。

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由来不明のミステリアスな石仏。(*´д`)

つづく。

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2007.12.04

星野監督!

アジア野球選手権決勝リーグ、日本全勝で優勝&五輪出場決定です!

星野監督が目を潤ませながらの、『あ~、俺何言ってんだろ』 コメントに貰い泣き。

監督・コーチ・選手の皆さんお疲れ様っす。

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以下、不愉快な話題。

産経:韓国が先発メンバー変更 紳士協定を無視

読売:韓国戦の先発7人入れ替え、日本が抗議文提出

要するに、韓国側がでたらめの先発メンバー表を提出、投打ともに韓国側有利なオーダーに組みなおして試合を始めていたようです。
メンバー表は試合開始1時間前に提出するもので、9人中7人違うなんて有り得ない話。
・・・やっぱり朝日、毎日はこのテのニュースは報道しないのね。

で、これに対する韓国マスコミ。

朝鮮日報:北京五輪野球:韓国、決定打不足に泣く
投手力の面で劣勢の韓国はこの日、試合前に偽装オーダーを組んで日本を翻弄したが、チャンスで集中力の差が出た。

朝鮮日報:先発変更への不満は日本の無知
韓国は日本のオーダー変更を警戒したのだ。先発投手が田炳浩ということが伝われば、日本も先発オーダーを変える可能性があるからだ

・・・

( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

なんか当然の戦略のように語ってますが、どーゆー感覚してんだこいつらは?

死球狙いで内角球に当たりに行くのはまだしも、ねぇ。

そこまでやられてもキッチリ勝利してきた星野ジャパンに乾杯!

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2007.12.02

塩田平

前回に引き続き、別所温泉の属する上田市塩田平区域の散策です。

新義真言宗前山寺、参道から見下ろしたところです。

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前山寺は、弘仁年間(810~824)から続く古寺。

境内には重文の三重塔があります。

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室町時代の建立とされますが、実はこれ未完成。

2、3層目には扉や窓が無く、縁をつけるつもりだったのを途中で放置したかのように柱の下部から貫が飛び出てます。

何故未完成のまま放置されたかは不明だそうで、歴史ミステリー。

(゚∀゚)=3

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柿の木もだいぶ実が落ちてます。(´-ω-`)

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ここは中禅寺薬師堂。

平泉の金色堂と同じ様式のため平安末期~鎌倉初期の建立と見られ、信州最古の建築物だそうです。

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歴史・文化財に興味の無い人は 「何が面白いの?」て感じでしょうが、好きなんだからしょうがないじゃない。

境内の庚申塚と五輪塔。

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苔むした石碑が好きなんです。

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こちらは延喜式式内社、塩野神社です。

えー、延喜式ってのは平安中期に編纂された格式のこと。
(格式ってのは律令の細則のことで、律令=憲法ならば格式=法律・条例てところ)
で、延喜式には神祇官の巻がありまして、そこに日本中(ただし朝廷の力の及ぶ範囲)の神社のリストがあります。
式内社てのはそのリストに載っている神社のことで、要するに朝廷オフィシャル神社ってことですね。

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拝殿・本殿へ向かう太鼓橋。

水神様を祀るだけあって、下は独鈷山からの湧き水が流れています。

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こちらは盤座。

盤座(いわくら) = 神様が降臨なさる岩のこと

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土着風俗と神道の融合、何かが掻き立てられるのさ。

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